左から2番目でしゃがんでいるのがフラスコ選手。欧州大会での史上初の試合を戦ったレアル・ベティスのメンバーであり、レアル・ベティスの選手としてのデビュー戦でもあった。立っているのは左からペピン、アパリシオ、リオス、パキート、ロペス・イダルゴ、スアレス、しゃがんでいるのはブレバル、フラスコ、アンソラ、アスカラテ、ロジェリオ。

レアル・ベティス、フラスコ氏の死去に哀悼の意を表す

レアル・ベティス・バロンピエは、1964年から1969年まで当クラブで活躍したフランシスコ・オルティス・バスケス(フラスコ)が、2022年1月24日にセビリアで80歳で亡くなったことを深く悼んでいます。
1941年3月9日、ラ・リンコナダ(セビリア)に生まれ、地元のチーム、UDカニャメラでプレーし、1961年にレアル・ベティスへ移籍した。
キンベル・デ・ウトレラ、エルクレス・デ・アリカンテ、レクレアティーボ・デ・ウエルバにレンタル移籍した後、1964-65年のシーズンにトップチームでプレーし、ラモン・デ・カランサ杯でクラブ史上初めて優勝を果たしたチームの一員となった。ベンフィカ・リスボンとの記念すべき決勝戦で、レアル・ベティスの2点目を決めたのも、このフラスコである。
緑と白のシャツを着ての公式戦デビューは、1964年9月9日、ベニート・ビジャマリン・スタジアムで行われたレアル・ベティス対スタッド・フランセ戦である。
リーグでは、1戦目にメトロポリターノ・スタジアムでアトレティコ・マドリードと対戦し、初戦を飾った。
1968-69年までレアル・ベティスでプレーし、その後、サラマンカ、タラサ、モトリルでプレーした。
その後、監督としてのキャリアをスタートさせ、レアル・ベティスのユースチームとリザーブチームであるベティス・デポルティーボを1983年まで監督として率いた。
レアル・ベティスに在籍した5シーズンの間、リーグ戦71試合、カップ戦11試合、コパ・デ・フェリアスの2試合に出場し、5ゴールを記録した。
ご遺族の皆様に心よりお悔やみを申し上げます。
フランシスコ・オルティス・バスケス(フラスコ)氏のご冥福をお祈りします。